「大和(計画名A140F5)」は1937年11月4日、広島県呉市の呉海軍工廠の第4ドック(造船船渠)で起工された。
基準排水量 65,000トン(完成時)
満載排水量 72,808トン(完成時)
全長 263.0m
全幅 38.9m
平均吃水 10.58m
最大速度 27.46ノット
乗員 3,300名
軸馬力 153,553馬力 (軸数4)
大和最期の航海は、1995年4月6日、沖縄に向けた出撃(天一号作戦(菊水作戦))。
戦死者は伊藤整一第2艦隊司令長官、有賀幸作艦長以下2,498名、生存276名。
現在の大和は、北緯30度43分、東経128度04分、長崎県男女群島女島南方176キロ、水深345mの地点に、艦首は北西(方位310度)に、艦尾部は東(方位90度)方向に、右舷を下にした艦首部より一番副砲までの原型をとどめた部分、転覆した状態の三番主砲塔基部付近より艦尾までの原型をとどめた後部が約170メートルの間に、中央部の原型をとどめぬ艦中央部は一つの起伏となり艦尾艦首の70メートル南に転覆した状態で、それぞれ半分泥に埋まった状態で沈んでいる・・・。
戦艦大和ノ最期
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迫真の真実の描写 |
この本のことについては、私は、様々な本のレビューで、この本を読まなくては太平洋戦争とか、帝国海軍とか、特攻とかは理解できないというコメントを加えてきた。
最初に読んだのは、中学校の時で、プラモデル少年であった小生は、「戦艦大和」に単純にあこがれていた。ところが、伊藤正徳氏の「連合艦隊の最期」を読んだところで、そう簡単な話ではないと思い、図書館でこの本を読んだ。何度も何度も読んだ。そして、自分の父親とほとんど同じ世代の日本人たちが、様々な思いを旨に、「戦争」と向き合っていたことを知った。
戦争は漫画や映画のようにカッコいいものではなく、悲惨で、苦痛で、残酷であることを示している。
他方、吉田氏は、この体験を出来るだけ正確に再現するにとどめ、「反戦」とか「戦争は誤りである」とまでは言っていない。現場にいた人間の見たこと聞いたことを述べるにとどまっている。
この本の評価については、様々な意見があるが、私は、まずは事実の記録として第一次資料として考えるべきだと思う。この本のほかにもさまざまな戦争体験を語った本がありそれらをも総合して、しかる後に、「戦争」をどうとらえるか考えるべきだと思う。
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戦後の価値観の席巻を予見していたであろう吉田満氏 |
「敗れて目ざめる、それ以外にどうして日本がすくわれるか ・・・日本の新生にさきがけて散る、まさに本望じゃないか」
NHKの「そのとき歴史が動いた」で大和を取り上げた回の放送の最後で朗読されたこの一文、私も深い感銘を受けた人間の一人です。しかし、大和の搭乗員だった八杉康夫さんが書かれた「戦艦大和 最後の乗組員の遺言」という本を読んでその見方が変わりました。八杉さんはこの放送にも出演されたのですが、本の中で吉田満「戦艦大和の最期」に対していくつかの疑問を投げかけています。
無論、そのことをもってこの本の評価がどうなるということはありません。ただ、アメリカとの戦争に敗れた戦後の日本に生まれ戦後の価値観の中で育ち、吉田満氏のこの「名文」に無邪気に感銘を受けていた現代日本人の自分と、国家の存亡をかけてあの戦争を戦っていた当時の日本人との圧倒的な気位の違いに今更ながら気付かされ、ただただ自分の不明を恥じるのみです。
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一級の「文学作品」 |
既に良いレビューも出ているが、私もこの本を読んで感じたことは、これは一流の文学作品ではあるが、これを事実と混同してはならない、ということである。やはり近年この書だけを大和の「唯一の事実」であると主張するものが後を絶たないがゆえに述べたかった。
作品としては、刻一刻と迫る沈没を描くスリルが独自の文体で語られており感動としか言いようがない。やはりこれは著者が一級の作家であるということを示していよう。
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戦史を記した書としては、一部に異説もある |
沖縄水上特攻の記録。戦記としての価値だけでなく、格式高い文語体で綴られた文章は、この書に文学的な価値をも持たせることに成功している。
無論、この書の価値の高さは揺るぎないものだが、少々非難めいたことを言うと、著者は学徒出身の少尉で、持ち場は艦橋内。であるから当然に、著者の見たもの聞いたものが「戦艦大和の最後」の「全て」ではないことは、意識しておきたいところ。
例えば、沈没の際の有賀館長については辺見じゅんさんの「男たちの大和(下)」(ハルキ文庫)には全く別の目撃証言がのっているし、伝聞として著者が記している朝霜の内火艇の艇指揮が船端に取りすがる兵士の手を日本刀で切ったという話についても、阿部 三郎さんの「特攻大和艦隊―帝国海軍の栄光をかけた一〇隻の明暗」(光人社NF文庫)には当の艇指揮の全く別の証言が紹介されている。
カタカナ交じりがどうしても駄目な方は、同じ著者の「戦艦大和」(角川文庫)に収められている「戦艦大和の最後」が良いだろうし、著者のエッセイなども幾つか収録されているので、それだけでもお勧めである。
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後世に残したい傑作 |
胸を直撃する緊迫した描写と、そこに描かれている真実の重み、兵士達の発する言葉にこめられた思いなどに、完全に打ちのめされてしまいました。
文語体は確かに難しくて読みづらいけれど、読み終わった今、この本は
こういう文体で書かれたからこそ存在感を増している、畳み掛けるような
文語体で描かれているからこんなに胸を打つんだ、と思います。
この作品においては、作者の感傷や意見などが極力省かれています。
それゆえに、描かれているのはただただ圧倒的な、ありのままの真実のみ。
大和が攻撃を受けて撃沈していく様のリアリティにはもちろん、
兵士達のちょっとしたエピソードもすごく印象的です。例えば、どう考えても
無理のある大和の特攻作戦に臨んで、心揺れる多くの兵士達。彼らの中にあって、ある大尉がこんなことを言います。
「進歩のないものは決して勝たない 負けて目ざめることが最上の道だ 日本は進歩ということを軽んじ過ぎた 私的な潔癖や徳義にこだわって、本当の進歩を忘れていた 敗れて目ざめる、それ以外にどうして日本がすくわれるか 今目ざめずしていつ救われるか 俺達はその先導になるのだ 日本の新生にさきがけて散る まさに本望じゃないか」
この言葉を、映画や小説の中のセリフではなく、実際の戦場で一兵士が発したと思うと、万感胸に迫るものがあります。



